第一話――月島瑠璃という少女――
「あの残酷な事件から5年が経ちました。今年も月島グループホールディングスの社長、月島祥三氏は殺害された娘さんについてコメントを発表しています」
電車内で流れるニュース。アナウンサーが無機質な声で話す事件の内容は、どこか遠くの国で起きたことのようだった。
だが、いくら現実味がないと言っても思い出したくないこと。俺は下を向き、スマートフォンを起動させる。適当にホーム画面のスクロールを繰り返していると、メッセージアプリに3と表示されていることに気付く。
どれかはあの老人からだろう。結局、昨夜頼んだターゲット――月島瑠璃の情報は貰えていないのだ。
『瑠璃の情報だ』
案の定アプリを開くと、月島祥三からの簡素なメッセージとPDFが表示された。タイトルは「月島瑠璃」。タップして中身を確認する。
「ごみか」
そして思わずため息をついた。そこには依頼に役立つ情報は何一つ表示されておらず、代わりに調べればわかるような、部活名だとか塾の名前しか書かれていない。部活は帰宅部らしいので、実質得られたものは家庭教師が週一で来るということだけだった。
もっと趣味などを教えてくれと送ると、秒速で既読がつく。
曰はく、「そんなことは話してくれない」だそうだ。
「まあそうだろうな……」
人を信じられないという月島瑠璃。そして瑠璃の信じられる人になってほしいという依頼。おそらく彼女に見方は一人もいない。
(厄介なことになったな)
再びため息をつくものの、依頼を取り消すという選択は存在しない。これ以上は自分で調べることにしよう。俺の異能――人の心を読む力があれば、少しはできるはずだ。
「おはよう律人」
肩を叩かれ、慌てて振り返ると、そこには親友――春川蓮の姿があった。彼はにかっと爽やかに笑う。
「おはよう。蓮」
「どうしたの? 元気ないよ」
「眠いだけだ」
そうか、と蓮は相槌をうつ。眠いと言い訳したら、なんだかその通りになってきた。いつも蓮がいるときはうるさいから寝れないけど……って。
「浅野さんは?」
「今日は別。いつも一緒にいるわけじゃないからね、僕たち」
そうなのか。浅野さんは月島瑠璃の親戚らしいし、有力な情報が得られるかもしれないと思ったのだが。
「どうした?」
ふと横を見ると、蓮が不満そうな顔をしていた。
「なんでもないよ
(律人にミカサがとられたらやだなって思っただけ)」
「お、おう」
蓮から聞こえてきた心の声に少し引く。
蓮と浅野ミカサは幼馴染。いつも一緒にいるので恋人同士にみえるが、実は二人の関係はまだ友達程度だという。
蓮がミカサを大事に思う気持ちはすごい伝わって来るけれど、ミカサはよくわからない。二人の友達としては関係を前に進めてほしいが……。
「ほら律人。降りる駅だよ」
「ありがとな」
蓮に続いて電車を降りる。同じ制服をきた高校生が続々と現れ、前を歩いていく。
俺たちも学校に向かった。
自席で蓮と話していると、教室の扉が勢いよく開け放たれた。薄い茶色髪の女子が入って来る。
「蓮、律くん。やっほー!」
「おはよ、ミカサ」
「おはよう。浅野さん」
浅野ミカサだ。彼女は俺たちの前まで歩いてくると、隣に座った。ミカサの席は俺の隣で蓮の斜め後ろ。蓮の「律人と席交換したいな」という心が聞こえてくる場所だ。
「蓮。宿題みせてー」
「昨日やったって言ってなかった?」
「難しくて終わらなかったの!」
浅野さんが笑顔で蓮に手を差し出す。渋々といった様子で蓮はノートを渡した。
「ありがとっ」
楽しそうに写し始めた浅野さん。蓮が困ったような、それでいて優しい笑顔で見つめている。
「おはようございます」
と、先生が疲れた様子で入って来る。心配そうにみる蓮をミカサがじと目で見上げた。
「運ばなければいけない荷物が多くて。だれか手伝ってくれないかしら」
「僕が行きます。……行って来るよミカサ、律人」
「いってらー」
蓮が爽やかな対応をみせ、教室を出て行く。ミカサがため息をついた。
「わたしにもあのくらい優しければいいのにー」
十分優しいと思うが……。
俺は首を傾げながら、聞きたかったことを尋ねた。
「浅野さん。月島瑠璃さんのことを教えて欲しいんだ」
「えー、瑠璃ちゃんのこと? まさか律くん、気になるのっ?」
一気に目をキラキラさせる浅野さん。女子というものはやっぱり恋バナ好きなのである。
「そういうわけじゃない。祥三さんに頼まれて」
依頼主であり、彼女の親戚である月島祥三の名前を出すと目は普通に戻った。
「なんだーつまんないのー。まあわたしも心配なんだよねー、小さいころは仲良かったのに、少し前から人が変わっちゃったみたいでさ
(ほんとに小さいころはよく遊んだのに……あの事件から瑠璃ちゃんは)」
「いつから変わったんだ?」
「えっとねー、五年前かな
(玻璃さんが亡くなってからだよねー、たしか)」
やはりあの事件か。でもあの事件は……。余計に謎が深まっていく。
「他に聞きたいことある?」
「ううん。ありがとう」
礼を言って俺は先につく。月島瑠璃の席は前の方。読書をしている背中がバッチリ見える。
何かをするには時期尚早。もう少し様子を見よう。