蜂蜜色の宝石箱

夢見る少女は嘘に恋する

プロローグ――シークレット・オーダー――





 月夜だった。暗い屋敷に二人分の足音が反響する。前を行くメイドが扉を開けると、ギイと軋む。青年は眉を顰めながら扉の奥を見つめた。慣れた様子でメイドは頭を下げる。

「こちらです。ミスター影原」
「わかりました。いつもありがとうございます、佐倉さん」
「いえ、これがわたしの仕事ですので。それでは」

 年若いメイドの佐倉はいつも通りお辞儀をし、去って行く。主人の話を邪魔してはいけないと思っているのだろうか。
 ――どうせ、ろくな話じゃない。
 青年はため息をついて部屋に入った。照明は月明かりだけ、という仕事部屋として全く適さない場所である。
 中央には高価そうな椅子があり、一人の老人が青年を待ち構えていた。

「良く来てくれた。影原律人。さっそく依頼のことだが――」
「断らせていただきます」

 彼は丁寧に頭を下げ、入って来たばかりの扉に触れる。すると相手が口角を上げた。嫌な気配を察し、慌ててノブをひねると、いつの間にか鍵がかかっていて開きそうにない。

「さて、依頼の話だ」

 仕方なく律人はにやりと笑う相手に向き直る。老人は話し始めた。

「君のクラスメートにわしの孫がいるだろう」
「……月島瑠璃」

 紫がかった長髪と珍しい瑠璃色の瞳が特徴的な美少女だ。彼女の姿を思い浮かべながら律人は視線を落とす。
 依頼内容は、彼女に関わること――ひどく嫌な予感がした。

「瑠璃は、玻璃の双子の妹だ」

 律人は顔をしかめる。一年間一緒に過ごした彼女とクラスメートの顔が重なった。確かに似ている。今まで意識しないようにしていたが、改めてみると瓜二つだった。

「なぜか瑠璃にも君や玻璃と同じ、異能がある」
「月島瑠璃は、あの事件にはいなかったはずです」
「そんなことわしも知っておる。原因はわからん。ただその異能のせいで、瑠璃は誰も信頼できないのだ」

 律人はため息をつく。これは厄介な依頼になりそうだった。

「その異能というのは、俺のと同じですか」
「確かに似ているが、瑠璃のは君の異能のいわば劣化版だ。瑠璃は相手のいう事が真実なのか嘘なのかわかる」
「嘘発見器ですね」
「瑠璃を物呼ばわりするな。……そして瑠璃は思い込みが強い」

 律人は納得する。月島瑠璃は現在、月島グループの唯一の跡継ぎ。幼いころから他グループとの交流に参加し、そこでの嘘ばかり吐く汚い大人たちのせいで他人を信頼できなくなっていったということだろう。

「瑠璃にこのままでいられるのは困る。だから――」
「俺が月島瑠璃の信頼できる人になればいい、ということですか」
「そうだ。さすがよくわかってるな」
「……俺には無理ですよ、そんな大役。女子とまともに話したこともないですし」

 微かにうつむいてそんなことを口にする律人。老人はにやりと笑う。

「第一に君は元子役だ。人とあまり話さない瑠璃なら簡単に欺けるはずだ。
 第二に君には異能がある。それを使えば瑠璃の懐柔は容易に出来るだろう。
 第三に――君に断る選択肢があると思うのか?」

 律人はため息をつく。これから何か月かはまともに生活できないだろうな、と思いながらも覚悟を決める。断る選択も逃げる選択もできない。そんな選択肢はあの事件のときに使ってしまった。

「……わかりました。では月島瑠璃の情報を下さい」

あとがきなどひとこと。

 「夢見る少女は嘘に恋する」プロローグでした。次話は一週間以内に後悔する予定ですので、お楽しみに!

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