蜂蜜色の宝石箱

俺を推しているという幼馴染みに告白してみた件


「おはよ、裕翔ゆうと

「おはよう、凪沙なぎさ

 家を出れば、隣に住む幼馴染が話しかけてくる。挨拶を返し、他愛ない話をしながら、そのまま一緒に学校まで向かった。

 いつも通りの日々。風に靡く淡い金髪を見ていると、幸せな気持ちになる。

「じゃあ、また明日だね」

「ああ、また明日な」

 学校につく。クラスは違うから、明日の朝までは会えなくなる。消えていく幸せをゆっくりと噛み締めて、凪沙の後ろ姿を見送った。
 凪沙が廊下の奥に消える瞬間、後ろから肩を叩かれる。

「よお、裕翔」

「なんだ、春真はるまか」

 凪沙の後ろ姿を見ていたのが、バレただろうか。俺は少し不安になって、親友の顔色を伺う。

「大丈夫だって。オレはお前の推し活を咎めたりしないから」

 ニヤニヤしながら彼は言う。俺はため息をついた。

「確かに凪沙は俺の推しだけど」

 ――推し。それは俺にとって理由でしかない。凪沙を推している、という立場はとても都合が良いのだ。

「可愛いよなあ、学校のアイドルだし。あんな人が幼馴染なんて羨ましいぜ、裕翔」

「そうだろそうだろ」

 凪沙は可愛いのである。俺は彼女を称賛する言葉にうんうんと頷く。

「で」

「うん?」

 一気に真剣になった春真。俺は首を傾げた。

「いつ告るんだよ」

「……は?」

「登校を一緒にしてる可愛い幼馴染を推しとして見てるだけなんてありえないだろ。それにあっちもお前のことが推しなんだろ?」

 確かに俺は凪沙のことが好きだ。
 凪沙が推しだということは、ちょっとした建前。幼馴染という立場しかない俺が、彼女を眺めるための言い訳なのである。

 だが、告白するのはこわい。だから反論する。

「凪沙が俺のことを推してるっていうのは、盗み聞きの情報だし!」

「つまり根拠がないと?」

「ああ」

 根拠がないのに告白して玉砕なんて、嫌だ。そう示すと、春真は笑顔で頷いた。

「それでも告るのが男ってもんだろ」




 そうして俺は放課後、凪沙を屋上に呼び出した。凪沙はまだ来ない。もしや、無視されているのではないかと心配になってくる。

「これでフラれたらどうしろっていうんだよ」

 先に帰った親友に毒づく。こうでもしないと、不安で仕方ない。

「だいたい、男ってもんだろ、ってなんだよ。今は男女平等の時代だぞ」

 そうは言ってみるものの、告白すると彼に宣言し、凪沙を呼び出したのは数時間前の俺である。

「遅くなってごめんね! 授業が伸びちゃって」

 凪沙が走ってきた。靡く金髪、輝く青い瞳、彼女は花のように笑う。
 ずっとその姿を眺めていたい、ずっと隣にいたいと思っていた。

 もしこの告白が成功すれば、その願いは叶う。もし叶わなかったら――そんなことは考えたくない。

 ずっと無言の俺に、凪沙は尋ねる。

「で、お話ってなに?」

 ついにこのときが来た。ゆっくりと深呼吸する。

「……お」

 俺は一文字だけ言い、深呼吸する。凪沙が優しく俺を見守ってくれる。よし、きっと大丈夫だ。

「……俺と付き合ってください!」

 凪沙が首を傾げる。俺は一瞬不安に襲われるが、凪沙の笑顔に安堵する。その瞬間――

「ごめんね」

「……え?」

 フラれた? あんな笑顔で?
 衝撃が大きく、まともな判断が出来ない。

 凪沙が恥ずかしそうに顔を赤らめながら、断った理由を告げる。

「わたし――推しとは付き合いたくないの」

ひとこと。

 お読み下さりありがとうございます。この短編は例によってカクヨムのKACのお題「推し活」に沿って書きました。読者の方にとって予想外の結末になっていたら嬉しいです。

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