蜂蜜色の宝石箱

藤と半月

第一話――暗殺者、パートナーを探す――





 暗殺者というのは孤独なものだ。
 たまにタッグでやっている奴らもいるが、暗殺者を名乗る者たちの大方は他人を信頼しない。信頼というのは時により邪魔になるのである。

 よって俺、またの名を『夜闇の狩人』、ハルマ・アルフォンは他人と近しい関係になったことがなかった。これからもそうであるべきなのに――

「それで何を聞きたいんですか!? いくらでもお答えしますよ!」

 俺はある女子生徒の部屋にいた。名は確かエルと言ったか、タッグを組まないかと誘われ、情報を入手するために話していたらここまで連れて来られてしまったのである。

「ああ、まずは入学試験のことだな。毎年ああいう感じなのか?」

 戸惑いを隠し、気になったことを質問してみると、エルは頷きながら教えてくれた。

「今年だけですよ。だって、わたしたちの学年は100年に一度の世代ですから。……もしかして勇者パーティさまの伝説を知りません?」
「聞いた事がない」
「ほんとですか? ぜったい皆知ってる話なんですけど、まあいいです。でも何千年か前、勇者一行が魔王を討伐したのは知ってますよね?」

 それくらいなら聞いた事がある。俺は頷いた。エルが続きを口にする。

「ちょっと長くなるのでストーリーは飛ばして……、えっと魔王は100年ごとに生まれ変わります。そして魔王誕生ごとに何千年前の勇者の年齢――15歳の子供の中から勇者一行が選ばれるようになったんです。それがこの世代ってことですよ!」
「なるほど」
「あ、わかりました?」
「いや、説明が下手だって事がわかった」

 自分でもわかりにくいと思ったんですよーとエルがうなだれる。

「まあでも少しはわかったよ。ありがとな」

 素直にお礼を口にすると、彼女はぱっと顔を上げて笑った。犬みたいな屈託ない笑みだ。

 それから俺は彼女にいくつか質問し、学校についてを理解する。日も暮れて来たころ、俺は最後の疑問を口にした。

「……それで、この学校はまだ互いの名前も知らない新入生に二人組を作らせて、何をする気なんだ?」
「そんなの知らないですけどー。でも」
「でも?」

 嫌な気配がした。咄嗟にエルから距離をとる。

「やっぱ、選抜――殺し合いですよね?」

 にこり、彼女はさっきとは別の笑顔を浮かべた。目にもとまらぬ動きで短剣を取り出し、俺に向かって投擲する。

 間一髪、攻撃を避けた。

「あれ、意外です。運動神経いいんですね」

 エルが小首を傾げ、懐からもう一本短剣を取り出した。木で出来た床を勢いよく蹴り、俺へ向かってくる。

 ひらりと右に避けると、今度は左へ。ランダムなエルの動きを避けていく。

 それから何十分経っただろうか。エルはぜえぜえと肩で息をしていた。
 暗殺者はこんなことでくたばらない。俺は一歩一歩慎重にエルに近付く。殺してしまうのなら話は楽だが、入学早々問題を起こすわけにはいかない。しかし、この状況は中々に面倒くさく、俺は愛武器を呼び出すことに決めた。

 俺は手を握る。まばゆい光がきらめき、ナイフが現れた。攻撃をはじかれたエルは驚いて後ろへ跳びながら尋ねる。

「それは、アーティファクトですか?」

 殺そうとして来るやつに手の内を明かすわけがない。

「わかりました。手加減なしでいきます」

 冷たい声が部屋に響く。と同時にエルは真っ黒に染まったキューブを取り出していた。

「《ダークダイス》、運命よ踊り狂え」

 カランとキューブが床に転がる。八面体のサイコロだ。床をくるくるまわると、やがてそれは止まる。

「六。あなたは溺死するでしょう」

 まるで天気予報でも告げるように明るく彼女は言った。冷たい何かが背筋を撫でる。俺は剣を構えるが、無駄に終わった。
 次の瞬間、俺の身体を水が包んだ。

「は……ッ!?」

 一生懸命もがくが、ここからは自ら出られないようだ。エルは滑稽そうに俺を見て腹を抱えた。

「運命には抗えません。大人しく死んでくださいね?」

 苦しい、痛い。水中にいなかったことがはるか昔の事に思える。
 やっとの思いで握っていた剣が手から離れ、床に転がった。

 意識が遠くなる。もう終わりだと思ったその瞬間、美しい旋律が鳴り響いた。

「花々よ、美しく在れ。――レガラーレ!」

 水がぱっと散った。俺はいきなり床に落とされる形になり、身体をぶつけた。それでも何とか顔を上げ救世主を探す。

「課題が始まるまで生徒同士の争いは厳禁のはずですが」

 それは紫がかった黒髪の女子だった。鋭い目はエルを睨んでいる。

「何か問題でもあります?」
「ええ。だから大人しくしていてください」

 少女が言い終えると同時にその手に剣が出現した。細身の刀身にまっすぐな刃――レイピアだ。

 エルを突き刺すかと思われたが、彼女は突進して峰打ちし、エルは倒れる。

「《ダーク……ダイス》」

 微かに声が聞こえたと思ったときにはもう遅く、黒いサイコロは再び床に転がっていた。

「七。無数の針が襲う、針地獄……」

 あっけにとられる少女。俺はすぐさま立ち上がり、サイコロを斬った。針が何本か出現したが、少女に向かう事はなく落ちる。本人の意識がなければこれ以上攻撃されることはないだろう。

「助かりました」

 彼女は一瞬微笑むと、エルを拘束した。





 突然の戦いを終え、俺はほっと息をつく。エルに近寄り、生存を確かめた。まだ肌に温もりは感じられ、気絶しているだけのようだ。

「で、どうしてここに?」

 後ろを振り返り、レイピアを鞘に戻している少女を見た。彼女は不思議そうに首を傾げ、やがて頷く。

「私は、トウカです」

 さらっと名前を告げたトウカは、たった今思いついたかのように提案する。

「君。私と一緒に組みませんか?」

あとがきなどひとこと。

 まだ次話は書き終わっていないので、次の話は押さない様お願いします。

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