蜂蜜色の宝石箱

風走の少女

 緑色の戦闘服を着た兵士たちは、各々戦闘を始めていた。俺も同じく戦闘準備に入る。向かいに見えるのは、敵の陣地。この高台からはかなり遠くまで見渡せる。その分、戦場からは高さもあり助けにはいけないが。それにしても、数多くの兵士の中でも赤い服を着た敵側の兵士は戦場で最も目立つと言っていいだろう。さすがは戦争に慣れていない共和国だ。

「リヒト。行くよ!」

 隣から声がかかる。そうだ、こいつを忘れていた。彼女は、ヴァン。この国の戦闘員の中で唯一、白色の服を着た少女だ。つまり目立つ。

「おう!」

 適当な返事をして、聞こえたことを伝える。ヴァンは頷いて、どこへ突入するか考えているようで、戦場を見渡していた。

「東に十メートル、北に十五メートル」

 ヴァンはいつの間にか目をつぶっていた。歌うように放ったこの声をこの武器のぶつかる音の鳴るうるさい戦場で何とか聞き取る。言われたその場所で何が起こってるか俺は確認しに行かなくて良い。俺は言われたとおりのところを、見るだけだ。ヴァンが走り出す。俺の横を通り抜け、高台から飛び降りた。特殊生地でできたワンピースがふわりと下降を柔らかにする。少しの滞空時間があり、刹那、難なくヴァンは地上に降り立った。彼女だから出来ることだ。常人がやったら確実に死ぬ。

「前方、敵!」

 俺は、隠し持っていたマイクで指示する。その声は戦場には届かないが、ヴァンの耳につけられた通信機には届く。全力で走り始めたヴァン。風のように走って、戦場を駆け抜けていく。

「右っ!」

 声を張り上げる。ヴァンが飛んだ。周りにいた敵兵士たちは皆驚き、戦闘をとめてヴァンを見ていた。

 あれは、あいつ特有の魔法。足の力を極端に上げ、そうすることで跳ぶ。それだけで、あいつは飛べるのだ。そして、あっというまに動きのなくなった敵側の戦場に舞い降りた。敵の陣地をまるで前から知っていたように走り抜ける。

「奥の左のテント」

 それだけ言って見守る。指示した通りの場所に走って、テントに入っていった。

 次に俺が目にしたのは降参の白旗をあげる敵の大将とヴァンだ。敵の大将とどんなやり取りをしているのかは機密らしいが、いつもヴァンは真っ白な戦闘服を赤く汚すことなく闘いを終わらせる。

 これで、今回も勝利だ。


 黒色の指揮官用の服を着た俺と白い戦闘服のヴァン。他の奴らはみな俺とヴァンを黒白コンビと呼んでいる。

 元々、俺はそこまで有名ではなかった。ただの優秀な指揮官、それだけだった。有名になったのはヴァンとコンビを初めて組んだ戦場のせいだ。





「君と組んでもらうことになる、ヴァンだ」

 俺の上司はそう言った。コンビを組んでいたパートナーを亡くしたばかりの俺に。

「よろしく」

 一言だけ、ヴァンは挨拶した。多分、俺のパートナーの事は知っていたはずだ。俺より、何倍も優秀だったセイロンのことを。気を遣ってくれたのだろう。ヴァンは何にも言わず、俺達はそのまま戦場に立つことになった。それが初陣となるなんて、当時知らなかった。

「じゃあ、行ってくる」

 ヴァンは一言だけ指揮官として高台に立つ俺に言った。高台の端に立って。

「え?嘘だろ……」

 とめる間もなくヴァンは高台から飛び降りた。慌てて下を見下ろした俺が見たのは戦場で走る真っ白な少女。

 そうして、あいつと出会った。勿論その初戦は勝利でおさめた。

 俺は戦場の指揮官で、あいつは唯一の女子戦闘員。コンビを組まされたときは本当に驚いた。だが、あいつを足が速いだけの戦闘員とナメると良くない。足の速さに力、特殊な魔法、そして交渉術。戦闘服の白さが、ヴァンの強さを現している。

 そう、そして彼女はいつでもなんでも風のように走り抜けていくのだった。

「行くよ!リヒトッ」

 隣からの声。

「おうっ」

 こんな戦闘の日々。終わることなき、果てしなく戦い、争う国々。ヴァンと俺のコンビがあれば、いつか必ず戦いは終わるのだろう。その未来が少しだけ、楽しみだ。

あとがきなどひとこと。

 お読み下さりありがとうございます。この短編は私が初めてレビューをもらった一話完結のお話です。
 書いたきっかけはカクヨムというサイトのKACというイベントでした。「走る」というお題から戦場を駆け抜ける少女が思い浮かび、それを形にした次第です。
 さて、リヒトとヴァン、二人の出会いから終わりまでをいつか長編で書く予定です、お楽しみに。

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