蜂蜜色の宝石箱

そして悪魔は恋を知った

 悪魔はとある少女と出会った。
 年は15歳、名はアンナというその少女。銀色の髪を持ち、甘い香りのする少女。
 悪魔が彼女に明確に恋をした・・・・・・・のは果たしていつだっただろうか。

 初めての出会いは、それを言葉にすれば、たった一文。

 ――肩越しに目があった。

 ただそれだけ。それが初の出会い。
 これで終われば、お互い関わることもなかったであろう。そんな一場面ワンシーンの出来事。
 しかし、二人の出会いはまた後日に、運命的な形で訪れることになる。



「これ、落としましたよ」

 悪魔ロチカーテは、前を歩いていた少女に声をかけた。ふわりと甘い香りがして、彼女が振り返る。銀髪の三つ編みが揺れ、財布を差し出していたロチカーテの手に当たった。

「あっ、ごめんなさい。ありがとうございます」

 小さな微笑を浮かべた少女は、財布を受け取るとぺこりと頭を下げ帰って行く。
 そんな小動物さながらの彼女を、ロチカーテは可愛いなと少し思った。



 ――それが二回目の出会い。友達になったとも、信頼関係を築いたとも言えないもの。
 そして三回目の出会いは、雪の降る頃だった。



 あ、と声が上がった。その声を聞いた事のある気がして、ロチカーテは声の方を振り返る。

「……あ」

 この間、財布を落とした少女だった。あの時の、と話しかけようとすると店員がやってくる。注文したコーヒーとあんみつが置かれた。

「お、同じ物ですね……」

 店員が去って行くと、少女が声をかけてきた。確かに少女の前に置かれているのは、コーヒーとあんみつである。年若い少女には似合わない組み合わせだった。

「あんみつ、好きなのか?」

 おずおずとロチカーテが尋ねると、少女は頷いた。

「甘いものが好きなんです。苦いものは苦手なんですけど、ここのコーヒーは好きで。それに、寒いですし。えっと……あなたもあんみつが好きなんですか?」
「ロチカーテだ。そうだな、甘いものはあまり好きではないが、あんみつだけは好きだ」
「美味しいですよね、あんみつ。色んな店を回っているんですけど、ここのは特に美味しいです」

 あんみつを食べる少女をロチカーテはじっと見つめた。少女は自身を見つめる男に小首をかしげ、やがて、はっと口に手をあてた。

「そういえば、自己紹介してませんでした。わたしはひいらぎ杏奈あんなといいます」
「ひいらぎあんな、か。長い名前だな」

 ロチカーテがぼそぼそと呟く。名前に文句を言うなど、最低な行いだとは思ったが、言った直後に後悔してもどうしようもない。

「アンナ、で大丈夫です。それにしても、ロチカーテさんって綺麗ですね」
「そうか?」
「ええ、あなたにとても合ってます」

 澄んだ桜色の瞳が、上目遣いにロチカーテを見つめている。

「ありがとう」

 無性に恥ずかしくなったロチカーテは照れて頬を掻きながらも、礼を言った。名前を褒められるなど初めての経験で、顔が赤くなる。

 その後、二人で世間話などをしていると、あっという間に時間が過ぎた。連絡先だけ交換し、アンナは立ち上がる。

「ふふ、ではまた会えると良いですね」

 身を翻した彼女。遅れて銀髪が舞う。その美しい様に、ロチカーテはしばらく虚空を見つめることになった。



 会うごとに、悪魔と少女の仲は深まっていく。10回目に会った頃には、親友以上ほぼ恋人といえるくらいの関係にはなっていた。そして、13回目。ロチカーテは浜辺でアンナと待ち合わせしていた。

「遅くなりました、ロチカーテさん。どうしたのですか?」

 塩っぽい海風が吹く。銀色の髪をなびかせ、アンナがやってきた。隣に立つと心配そうに、ロチカーテを見つめる。
 長い深呼吸。勇気を出し、彼は小さな小箱を取り出した。

「アンナ、どうかこれを受け取って欲しい……」

 小箱をそっと開けるとそこにはアンナの瞳と同じ、桜色の宝石がついた指輪があった。

「ありがとうございます。わたし、ロチカーテさんのことが好きです」

 アンナがサッと近づいてくる。甘い香りを吸い込んだときには、柔らかいものが唇に触れていた。

「アンナ……!?」
「ふふ、初ですよ、わたし」

 それの意味するところは人間に疎いロチカーテにわからなかった。しかしアンナが顔を赤くして、微笑んだことで全て吹き飛ぶ。ロチカーテはずっとアンナの笑顔が好きなのであった。

 アンナが薬指を差し出し、指輪をつけてくれるよう頼む。そんな仕草はとても可愛らしい。

 指輪をつけ、嬉しそうにくるくる回るアンナもまた、可愛かった。

「わたし、幸せです」
「俺も……だ」

 そうして二人で海を眺めていると、あっという間に夜が来た。名残惜しそうに、ロチカーテはアンナを見る。病気でもないのに心臓の鼓動が止まらない。

「……」
「じゃあわたしは用があるので帰りますね。さようなら」
「ああ、また今度」

 アンナと別れ、夜道を歩く。こんなに暗いのならば、見送るべきだったと後悔しながら顔を上げる。いつの間にかそこに誰かが立っていた。

「私は悪魔、断罪の悪魔。お前の罪を裁く者よ」

 歌うようにフードの人物は囁いた。ロチカーテは、顔をしかめ、「同業者か」とぼやく。
 フードが首肯し、正解だと示した。

「お前の罪はとても重い。人間と深い関係を築くのは、重罪。知っている通り」
「……」

 再び歌うように台詞を言うフードの悪魔。
 ロチカーテは知っていた。しかし分からなかった。アンナとの関係が深いのかを。

 可愛かったから、喋った。惹かれたから、運命を感じたから人間の作法に則って指輪を渡した。それの何がいけないのか。

「だから殺せる――私が罪だらけのお前を殺してあげるわ」

 楽しそうな笑い声が響く。ロチカーテは「好き好んで悪魔を殺そうとする悪魔がいる」という噂を聞いたのを思い出し、顔をしかめた。

 どう対処しようかと考えあぐねたその瞬間、鋭くて美しい音が鳴る。

 シャリン、とその音が鳴った時には、剣が喉に突きつけられていた。断罪の悪魔は、ロチカーテの顔をちらりと伺う。思いもよらぬ優しい声が降ってきた。

「そうね、一つだけ遺言を聞いてあげてもいい」

 少し考えた末、胸の熱い思い、止まらない鼓動について尋ねた。

「教えてくれ……。この感情の名は――なんというんだ?」

 しばしの沈黙。一瞬の閃光が弾ける。そして、目の前を通りすぎる銀色と、舞う赤色が目に焼き付けられた。

「恋。あなたの感情であり、あなたの罪です。ロチカーテさん」

 悪魔のフードが外れる。長い銀髪が揺れ、桜色の瞳がロチカーテを見下ろしていた。それが誰なのか、真相に辿り着く前にロチカーテは意識を手離した。

あとがきなどひとこと。

 もともと、小説家になろうで投稿した短編です。結構改稿しました。元の小説はこちらから。

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